2022年5月25日水曜日

最近作ったもの、お世話しているもの



・干し芋

・ちりめん山椒

・柑橘ピール

・醤油麹

・ミニトマト

・ローズマリー

・オレガノ

・紫蘇

・鷹の爪

・猫

あとはなんだったかな、天気もよくて、毎日たのしい

2022年3月24日木曜日

星劇団再演プロジェクト・本番を迎えて

 先日の毎日新聞のサブタイトルに“美術作家ら10年越し企画”と見て、そうか、もう吉和と関わって10年になるのかと驚いた。自分がプロジェクト中心になると、なかなか客観的に見ることは難しい。

ずっと個人プレー中心に続けて来た制作活動が、ありがたいことにいつのまにかこんなにメンバーが増え、それを束ねる器もない私はただ傍観しているようだった。でもある時点からなぜか、この人たちと一緒なら、きっと奇跡が起きるに違いない。と確信めいたものが湧いてきた。時間もお金も人も、この規模のプロジェクトではまったく足りないはずなのに。

 

当日の私は、舞台の様子はもちろん、場面転換や照明、音響効果などみんなの勇姿が見たくて、自分の化粧や衣装替えもそこそこに楽屋を走り出て、写真を撮ったり手拍子したり、すごい〜とお客さんに混じって忙しく見ていた。

吉和漁港の夜空に輝く星の光。

あの漁民アパートの隣の旧冷凍倉庫で、みんなの力でこんなにすごいことが本当に出来るなんて、私がいちばん信じられない。感謝しかない。

非公開の収録だったけど、吉和地域の方々にだけは、騒音等のご迷惑をおかけすることを想定してあらかじめ告知の回覧板を回した。3時間前から場所取りしていた方、リハから毎日見にきた方もいた。星劇団の成り立ちを描いた1部の芝居に出てくる役の「あの人知ってる!」とか、「歌と踊りの2部が楽しみじゃ」とか、いろんな声が聞こえてきた。うれしかったのは、劇場に使用した旧冷凍倉庫跡で、普段たき火を囲んで憩いの場にしている眼光鋭い漁師のおじさんが、本番の翌日に舞台の解体をする現場の私に近づいてきて、昨日はありがとう、と目を見てしみじみ言ってくれたこと。

星劇団の再演は終わったけれど、みんなで蒔いた種は今後どのように、成長していくのだろう。今回踊ってくれた吉和の子どもたちの心の中の種もゆっくりと成長しますように。

今後、記録映像の上映会は夏を予定しており、全ての関わってくれたみなさんと、そのプロセスを紹介する記録冊子を制作し発行する予定ですので、楽しみにお待ちください。




               











        









                                             












        



 

2022年3月18日金曜日

【星劇団再演プロジェクト】

今日の西日本は大雨、東北では再び大きな地震が、世界では戦争が起きています。私は戦争体験者ではないけれど、個人の小さな声が大きな物語に回収されていく危機感が、星劇団再演プロジェクトを始めたきっかけのひとつでもあります。個人の記憶の聞き取りを出来るだけ丁寧に行う最中、コロナが起き、高齢の方への聞き取りや再演が延期され、常に時間との戦いでした。

 

そんな状況で、今を生きている私たちがどれだけリアルな言葉で対話出来るのか。もうすぐの再演(収録)に向けて、日々メンバーのみんなと「密」にならないよう気をつけつつも、すごく密度の濃いやり取りを重ねながら、既に星劇団の再演は始まっています。

あと少し、きっと大丈夫。

ヤエ子さんも初恵さんも、梅ちゃんも見守ってくれている。








2022年3月7日月曜日

小倉正史さんの著作集が出版されました


小倉さんが亡くなったのは2年前の3月。
コロナが始まってすぐの時、のちの編集メンバーで片付けに入った小倉さんのお部屋は、蔵書や資料でいっぱい。晩年に、いろんな場所であそんだり、お話ししていただきましたが、こんなにたくさんのお仕事をされていたなんて、実は今回の本作りに携わるまで知らなかった。

ごめんなさい、小倉さん。もっと勉強します。

2022年2月25日金曜日

星劇団再演プロジェクトの現状


「 70年ぶりの幕開けは、間もなくだ。」

星劇団の再演についての記事が出ました。取材してくれた記者は、中国新聞尾道支局の石下奈海さん。

一昨日、89歳になるロダンのマスターも、戦時下とコロナ禍が重なるという話をしてたっけ。でも断然つらかったのは、やはり戦争中と戦後だったと。

星劇団の女性たちがなぜ星劇団であったのか。
公演を控え、今、毎日必死に練習するなかで、また少しだけわかった気がするんです。

 

私はある踊りをチームで披露するのですが、周りで支えてくださる人たちはもちろん、遠くにいる大切なひと、今は遠く離れてしまったあの人にも届いてほしい。観て、笑ってほしい。そして、指差して笑って欲しい。全く、バカみたいに本気でやってるよ、ってくすくすして欲しい。

 

どんな状況でも笑いが伝播するなら、そんな幸せなことはない。

涙を誘うまでの演技の技量は今の私には無いけれど、観てくれた人がお腹抱えて笑えるくらいを目標に、ストイックに今はがんばることしか出来ないなと。

 

デジタル版リンクはこちらです。登録すると、少しみんなが練習してる動画も少しだけ観れます。

 

https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=835689&comment_sub_id=0&category_id=112&fbclid=IwAR1GtemBlvyjs7jy5j8lHT6wcQQc38ar03Kzl6inzOW1xBBz_gZyRnkApf4




2022年2月4日金曜日

いにしによるー断片たちの囁きに、耳をー



すっかりご無沙汰してしまいましたが、もう2月か・・・

 2/18には塩江で、こちらの中間報告会があります。こんなコロナの状況ですが。

形になってきて、大変うれしゅうございます。

来れる方はぜひ、いらしてください。良いところです。

2021年12月14日火曜日

演劇公演「天と地のまなか」(12月12日)

昨晩の大広間の興奮さめやらぬまま、演劇を観るために早朝の尾道から広島へ。

今回の観劇、寅卯演劇部による「天と地のまなか」は、ある広島出身の作家について描いた物語で、私はこの原民喜という詩人のことも全く知らなかった。来年3月に再演を予定している星劇団の再演に出演予定の明日香さんが出ることで観たくなったのと、演劇について少し勉強するつもりもあって行ってみた。

帰りのフライトの時間を少し気にしながら見始めたのに、小気味良いテンポの場面展開やシンプルでよく考えられた舞台構成、この繊細な詩人にあっというまに感情移入してしまい、何度か涙腺崩壊しかけながら、気づいたら終盤に。
常に何処かで死が身近だったのに、あの日に広島の原子爆弾に遭遇し、その後に身を削って書き残す決心をした作家。
三年前の秋、祖母の弟の見舞いの際、北海道から少年兵として来た広島で被爆した話を聞いてから、今までは学習して理解しようと努めていた原爆の体験の話が、急に身近なものになってしまった。
生き残ってしまったものの苦悩。
過去と繋がる方法は模索しつつ少しずつやってきながらも、
私たちは、未来とも繋がれるのだろうか。
なんて考えながら慌ただしく空港へ。
良作でした。今夜も興奮さめやらぬ。

”自分のために生きるな、死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ”