2019年2月11日月曜日

春休みの遺跡 - 米原市杉沢遺跡の[考古×美術]プロジェクト# 3



2017年に続く2度目の展覧会企画。昨年の夏には立命館大学の発掘隊宿舎で一緒に生活をして、美術の分野の私に何ができるのか、こつこつ探る日々を送りました。

今回の展示では、考古学者の矢野先生、企画をまとめる松尾惠さん、会場全体のデザインを手がけるUmmmの北原さんと藤井さん(もちろんこのフライヤーも!)、頼り甲斐のある立命館のゼミ生のみんな、そこに伊吹山文化資料館の高橋順之さんやプロジェクトに関わってくださった杉沢のみなさんも加わって、壮大なポリフォニーが伊吹の里に響き渡る(・・かもしれない!)

2019年2月26日から3月31日まで。3月3日にはシンポジウムもあります。詳細はフライヤーにて。とってもよいところです、是非いらしてくださいね。





2019年2月9日土曜日

横谷宗珉のはなし。


またまたルーツの話なんですけどね。

最近落語にハマっておりまして、月1の頻度で何処かしらに聞きに行っています。
時間が許せば毎日でも行きたい寄席ですが、そこを許してしまうと仕事も出来ず、経済的にもやはり、現状は月1が限度でして。

で、つい先週行ったある落語の会で、初めて聴いたのが、「宗珉の滝」という話。

横谷宗珉という江戸時代の金工師の弟子の宗三郎の話なんですけどね。
うちの祖父は横谷宗舟といいまして、木彫刻師をしており、私は生まれた頃から木の香りのする工房で育ちました。(なのでアロマオイルはヒノキの使用率が高いのかしらね。)
曽祖父も代々その名前で、仏像とか、お寺さん、帝釈天の胴羽目彫刻なんかを作った人なのですが、私はその落語の話を初めて聴いて、いきなり自分の祖父の名前(職人名)と酷似した名前が噺家さんの口から何度も語られるわけですから、本当に驚いたのですよ。

自分のこっちのルーツも知らないなんてね。
まあ、はっきりした家系図もないし、その流派の端の端くらいなのではないかと。

で、キョンキョンの初ハンバーグ(喬太郎師匠のハンバーグができるまで)も聴けたし、ほこほこしながら帰りはたまたま目の見えない方と一緒に帰り、やはり視覚が遮断されると聴覚が敏感になるんですかねえ、いいなあ。と問いかけたら、よく言われるのですがそんなこともないんですよ、もともと落語は想像力の世界じゃないですか。と言われて、深く納得。














2018年12月28日金曜日

今年も生誕の日を迎えて



今年もこの年末に、無事生誕の日を迎えることが出来、ありがたく思います。

今まで以上に各地を飛び回っていたこの年の最後は、亡くなった祖母のおとうとからの
突然の連絡により、札幌へ訪れました。19歳で広島へ出兵ののちの原爆被害。
その後、大夕張の炭鉱の現場監督の立場で目撃したさまざまな話。

私には、母方に二人の祖父がいるが、二人ともかつては炭鉱で別々の仕事に従事していた。
病気で若くして亡くなった一人目の祖父は、外国人の捕虜の人々の暴動が起きても逃げず
常に対等に彼らの話し相手になっていたとのこと。
私の知っている、とてもかっこよくて優しかったもう一人の祖父は、ポパイのように
小柄な体で誰よりも喧嘩が強く、時間を見つけては、仲良しのアイヌの人々のおうちに
飲みに行っていたそう。どちらも私の誇りです。

 今年はご高齢の方から、戦中から戦後にかけての話を伺うことが多くありました。
人間の分だけストーリーがあり、それらは時の流れと共に消えていく。
だから、そのストーリーが消える前に、呼ばれては赴き、出会いに行っている感覚がある。

いくつもの別れもあり、そしてまた、それを上回るかのようなうれしい出会いもあり
いつのまにか5年、10年、それ以上のお付き合いとなって、いくつものプロジェクトに
繋がっていった。
来年もありがたいことに、いくつかの滞在制作や企画、発表の予定が続きます。大きなものは、東南アジアの森で少数民族の人々に、いろいろなスキルや知恵を教えてもらいながら共同制作をすることでしょうか。

みなさまのご多幸をお祈りしながら、私の年末年始は穴ぐら(自室)に、静かにおだやかに
引きこもります。(落語には行きます。)
心身ともに健康な年の瀬と新年をお迎えくださいませ。


*画像は夕張市石炭博物館にて



















2018年12月4日火曜日

大野一雄「日常の糧」@若山美術館


 
学生時代、この人の皮膚の表面を撮った写真を美術館で見た。
その数年後、水戸芸の展示室に入ったら、人だかりの奥に白くて高い、男だか女だかもよくわからない生き物がゆっくりと蠢いていた。何だかよくわからないそれを、当時の私が夢中になって見た記憶を昨日のように覚えている。その後、何度もその人に遭う(みる)ために、劇場へ足を運ぶことになった。

大野さんと親しくなったのは、亡くなってからのことなんですよ、と語っていた若山美術館の館長、武田さんの言葉がしっくり入ってくる。

会場には、大野さんの言葉の断片やアルバムの写真、用務員時代の体験が元になった日常の糧の映像やパイプオルガンの音などが並んでいる。体育教師として女子校に赴任、女の子に何を教えたらいいかとダンスを始めた話、世界的アーティストでありながら退職後も用務員さんとして勤務し、毎年サンタになった大野さん。きっと毎日通う学校が楽しみになるでしょう。受け継がれたぬいぐるみも衣装も、エピソードの欠片の一つ一つがとてもやさしい。

学生時代の私をどこまでも引きつけた大野一雄さんの魅力は、優しさと繊細さが積み重なってできたものだったということが、今になってやっとわかったような、ここでしか見られない展覧会でした。

大野一雄「日常の糧」は128日、今週の土曜日まで。



2018年11月21日水曜日

高橋家にまつわる物語 2018 秋


2013年から尾道でメインで関わって来たプロジェクト、「高橋家にまつわる物語」の舞台となる高橋家。30年以上空き家だったこの家が持つ空気感、美しさに魅せられ、毎年、和作忌の11月4日に合わせて公開して来ました。
しかし、豪雨や台風などの度重なる自然災害による被害で損壊した部分も多く、私が東京にいる間もAir_Onomichiメンバーを始め、尾道大の学生さんがチェックや修復をしてくれていましたが、安全を考え、今年の公開を見送りました。

正面の大きな窓に映る雲やその時々の景色は、天気だけではない尾道の風景を映し出し、家の中は戦後の家族の美しい時間が今も流れているようでした。本棚や戸棚には、物語が沢山詰まっていました。
少しずつ応急処置を施しながら、来年以降もこの高橋家の持つ時間と空気を大切に、どのように残していくか、空間と対話しながら知恵を絞っています。

高橋家にまつわる物語は、これからも続いていきます。
今までのように静かに、淡々と。





























               






2018年11月15日木曜日

星劇団再演プロジェクトの第3回目

星劇団再演プロジェクトの第3回目のお知らせです。

1回目はアーティストの外部の視点から、2回目は尾道の民俗学の専門家の立場からのお話と徐々に深部へ降り下げてきましたが、3回目は吉和出身で元尾道市人権文化センター職員の砂田さんと、吉和地区で現在、民生委員と町内会長をしている山根さんのお二人のお話を伺います。
星劇団のプロジェクトを始めて既に5年が経過しましたが、このお二人にお会いしてからは、吉和地区の内側の方からお話を聞く機会を多くいただきました。今回も、とても濃いお話が伺える会になるはずです。
消えていく小さな声の歴史を、現場の方々、専門家やアートの力を借りて、とにかくしつこくしつこく追いかける。最近いくつかの寂しい話がありましたが、自分に出来ることを考えて、丁寧に続けるのみとつくづく思います。

星劇団のヤエ子さんからも「ほら、ナホちゃん行くわよ!」って気合い入れられてる気がします。

はーい、ヤエ子さん、見守っててね。

11月20日(火)光明寺会館にて19:00より



2018年10月20日土曜日

星劇団再演プロジェクト、第二回目

毎日毎日、秋の日は過ぎるのがびっくりするくらい早いです。
先週、北海道にリサーチに行ってたら、星劇団再演プロジェクトの第2回目があっという間に来てしまいました。たびたび落語行ってる場合じゃないわよねぇ・・・昨日の一之輔さん@国立演芸場、ほんとによかった。
さて、再び22日より尾道入りです。

先月の第一回目に続き、2013年から静かに進めている「星劇団再演プロジェクト」の第2回目が、来週24日に行われます。今回は、尾道市史編纂室の林良司さん、肥田伊織さんのお二人が、民俗学の視点で尾道の吉和地区について掘り下げていきます。私も何度か一緒にフィールドワークをしたのですが、アートとはある部分で重なったり、また異なったりする視点が理解を深めてくれます。
また今回のお二人は歴史の専門家でありながら、ある時はその知識を星劇団プロジェクトの一員として、また「山陽日日新聞エイプリルフール特別号」などでもさらりと披露してくれる、最強びっくりメンバーです。
10月24日(水)19時から、光明寺会館にて、お待ちしております。

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尾道市の漁師町、吉和地区で終戦直後の物資が不足する時代、十代から二十歳の女性たちが中心となり活動した星劇団は大人気でした。当時を知る方々の証言を元に、いろんなことを考え、話す場に出来ればと思います。興味を持たれた方、是非いらしてください。